覚悟

上京して一年。キラキラした気持ちを忘れ、当たり前が蔓延し始める頃。最近は直接会って話す友達がいないという精神衛生上良くない環境のためか、自問自答しかしていない。案の定負のスパイラルに突入する。解決策を探すという本来の目的を忘れ、粗探しに躍起になる。ゴールのない迷路に迷い込む。あるメルマガを購入したら無料でカウンセリングを一回してくれるという特典が付いていたので近々受ける予定。自分の勉強にもなるかも。負のスパイラルを食い止めるために気付いた事。解決策を見つける事を忘れていないか。忘れているのであれば、気付いて欲しい怒りや悲しみや悔しさを聴いてあげる事。そしてその感情を我慢して頑張ってきた事を理解してあげる事。負の感情が強いほど、内なるパワーが秘められているという事なのだから。そしてオドオドしてしまう、対人恐怖がある事への不安。過去のトラウマのために心の過剰な防衛反応が起きているのだから、すぐには治らない。当面は無理をせず、傷付きそうな状況から逃げて良い。ただ騙し騙し行く事だ。陰からコソコソでもいいから挑戦する事だ。子宮の声を聴く事は難しくない。聞こえないのではなく聴こえないのだ。騒音となるまで大きくなってしまった声に気付いていなかっただけ。人から気を遣われるのが怖い。自分ができない事を責められている気になるからだ。誰かに何かをする気になれない。ありがとうと言われない事が怖いのではないか。自分は無理してありがとうと言っているのに何で自分は言われないのだと。ありがとうを期待してしまった時点で恐怖に変わる。期待している。他人にも自分にも。期待が大きくなる理由。成長する事を放棄し、楽をしたいから。なぜ楽をしたいのか。無理をして頑張っても報われないから。こんなのやってられねえよ、やーめた。そしてその事を無意識で責めている。楽をしたがる自分に罪悪感を持っている。期待するのを止めようと思っても止められないのは、楽をしたがる自分を許せないからではないか。漢方の知識を深めるために一生懸命勉強を頑張ってきた。でも思うように結果を出せそうにない。というかプロとしてやっていく責任のプレッシャーに耐えられない、逃げたい、楽をしたい。歩みが重くなる。期待し始める、自分や周りに。さらに動きが制限される。悪循環。そもそも何がしたかったのか。解決策は何か。当たり前のやり取りに嫌気がさしてしまう。重圧を伴うからだ。気を遣うし遣われる、それが嫌で堪らない。変に省略するのも、仰々しいのも距離を置くようで嫌だ。これが期待するという事なのだろうか。楽をする自分を許せばよい。そうしているつもりなのに、全くそうならないのは、楽をするという解釈を変えた方が良いのではないか。楽をするというのはサボる事ではない。楽しい事をするという事だ。だから楽しい事を進んでやろうとしている自分を責める必要がどこにあるのだろうか。つまり今の私に必要な気付き。期待するのは自分を過信してプレッシャーに押し潰されそうになっている証拠。自分がいかに下らない人間かを知り、謙虚でいる事。過剰に傷付かないようにこっそりチャレンジしながら、楽しい事をやり続ける。自信は作るものだからその都度あるフリをする。