引越し後数日。雨、晴、雨、そして晴。

声を聴きたいと思っていた。だけど最近引っ掛かる事がある。周りに起きる嫌な事象。例えばスタッフに囲まれて集中放火に遭う店長。責めるだけで、解決策を講じる人はいない。隣人の騒音。悩んだ挙句引越しに至る。嫌なものに遭遇したと思ったけれど恐らく自分の中で起きている事と全く同じだ。だから認識できるのだ。自分を責めるだけ責めて何も解決しようとしなかったり、自分の本心を知りたいと欲し過ぎて、実は騒音を発していたのに気付かなかったり。友達と話す機会もなく一人で悶々と考え事などをしていると、どんどん暗くなって行く。というか、暗い事に不安になってくる。ネガティブや不安や恐怖や沈黙や孤独は悪者だと信じ込んでしまう。不安な事が不安になって行く。負のスパイラルなんてよく言うけれど、それを簡単に止める方法はないだろうか。そもそも本当に解決しようとしているのか。だって保留という選択肢にすら辿り着いていないのだから。外の空気を取り入れるだけで、休んで立ち止まるだけで、自然に寄り添うだけで、案外このままでいいんだなと思える。本題は、向いていないのではないかという不安が止まらない。最初は何だって怖い。一年もすれば慣れる。そういうものだよね。と誰かに励まして欲しい。一人は怖いのだ。外面が優しい人は優しくない。という一般論。耳が痛くなる。自分の事だ。私は酷い人間だがそう思われたくなくていい人ヅラをする。どうしてもやってしまう、どうしようもない奴だ。バレているのにね。どこが酷いかというと、失敗を責めるだけ責めて解決策は他人任せな所だ。自信がないと何もできないと思っている傲慢な所。本心を偽る余り、自分の言いたい事が分からなくなり、表現に乏しくなり、誰かの傘に隠れてコソコソし、逃げ始める弱さ。変わるにはどうすればよいか。そもそもどこかを変える必要があるか。否定される事を恐れている。否定されて傷付く事を。自滅ではあるが、傷付いた経験が心に深く刻まれているから。身を守るために心が異常に反応してしまうのだと思う。確かに、誰かに指摘を受けただけで邪悪な呪いにかかったように感情がコントロールできなくなる。身を守りたいという恐怖で逃げ出したくなる。自分からの罵声が止まらなくなる。古傷が開くかの如く血がドクドクと流れ出す。克服するにはどうしたらよいのか。傷付くのを恐れて逃げ続けるのはすごく楽だ。また自分を責め始めた。こういう風にして負のスパイラルに入っていく、何よりツマラナイ。仕方がない事。自分を責める理由も、本当はこうしたかったのに叶えられなかったという怒りや悲しさや悔しさを抱え続けて頑張ってきた結果なのだ。だから時々溜まった憤慨が信じられないようなパワーを発揮する。土を肥やしていると思えばいい。傷付く反応が過剰に出ないように騙し騙しチャレンジするというのも現状での立派な解決策なのではないか。このままでいい。自信がないままで。ただ、魅力を伝えるには自信が必要。それは言える。そう、自信とは作るもの。偽りでも。私は私の直感を信じている。真実は言葉にすると嘘になってしまうような気がする。何でもいいけれど、結局全てを共有する事などできないのだから、創作してしまえばいいんじゃないのかな。ふわふわしている、これが自分。