変わらない

一年前、上京した。出身は本州の西の端、山口県下関市。九州と本州を繋ぐ橋、"関門海峡"越しに見渡す海は絶景。船が行き来する様子も心が和む。博多にも新幹線で30分、車で1時間も走れば海や山に囲まれた自然もあり、手軽に都会も田舎も行き来できる便利な故郷を離れ、30歳を目前に突然東京へ転職を決めた。理由はシンプル、逃げたかったから。人は何かから身を守ろうと逃げる時に最も力を発揮するのだと実感する。理由は一応取ってつけておく方が便利だった。薬剤師をしていたので、今まで手を付けていなかった漢方を勉強するという大義名分。植物はすぐに枯らしてしまうし、漢方を飲んだ事もほとんどない。西洋薬はもっと飲まないけれど。。職場から一刻も早く逃げたくて、民間の資格をザッと取ってしまう。生薬漢方薬認定薬剤師、カラーセラピー、メディカルハーブ。気が弱く、言いたい事が言えずストレスを溜め込むタイプなので、スピリチュアルにも関心が芽生え、講座で学んだ事もある。ホメオパシーもそこで知った。世の中にはプロパガンダがある事も知ったし、親の影響で仏教の考え方も教わった。アロマを趣味程度にやったり、とにかく持てるものを持って、着の身着のまま故郷を飛び出した。出発直前は心療内科鬱病という診断を受け、一刻も早く仕事を休むには有効だった。薬は飲まなかったが、ほとんど外出もせず実家に引きこもっていた。心は相当傷付いていたけれど、前に進む力は残っていた。上京してからは、二度と同じ事は起こすまいと、キラキラした気持ちでしばらく過ごした。自分を好きになってくれる男の人もいて、一人は同級生で、一人は漢方の先生だった。付き合ったのは先生の方。30歳年上で、感性が似てて、楽しくて仕方がなくて、この幸せな時間がずっと続いたらいいのにと思っていた。突然振られた。私の将来の為だそうで。真冬だった。いきなりどん底に突き落とされた。泣いてばかりいた。時間が癒してくれるだろうと思ってはいたが、あまりの苦痛に髪をバッサリ切ったり、引越しを決めたり、ラジオやネットに投稿したり、メルマガを購入したり、最初はもう一度戻れると信じていた、そのために頑張ろうと必死になっていた。時間が経つにつれて、現実味が薄れてきた。無理な頑張りは長くは続かない。だって本当は漢方をやりたいとは思っていないから。大好きな先生に近付きたいだけ。この進まない状況と、鬱になりやすい性格が災いし、元々ない自信がさらになくなってきた。対人恐怖が少し強くなりつつある。どうしたら良いのか分からない。だが引越しは明日に控えている。上京から一年経って分かった事もある。東京だから、住む地域が違うから、人間性が変わる訳ではないという事。ただ、こちらへ来ていい職場に巡り会えた事を心から感謝している。そして、一歩一歩着実に日常を積み重ねて、目の前の人を笑顔にする事を考えて生きようと思った。迷惑はかけるが自分が成長する事で恩返しをする。本番とリハーサルで素が変わらない人になりたいと思った。今はまだ繕ってしまうけれど。ところでブログのタイトルだが、自分の本物の心の声を拾うという意味で子宮の声にした。社会のルールを強制され、しかも自分でも追い込んでいたとしたら、心の声は聞こえなくなっていくだろう。