混沌

そんなことは望んでないけど、同じ所にいると淀んで仕方がない。どぶ臭い。

彼に会いたい。居たい場所が分かった。居たくない場所も。

やりたい事も見つかった。やりたくない事も。

あとは実現するだけなのに。何だか怖い。

勘違いだったら?周りに迷惑をかける前に、行動すべき。それはその通り。

もう一ピース。覚悟を決める?

恐れていることは、失敗することではなくて、移るべきステージに進まず、古いステージに留まった結果、非常に苦しい思いをしたという記憶。

確かにあの時は苦しみが必要だった。それが最大限の原動力に変わったから。

でも今は少し状況が違う。あなたはもう知っている。変わるべき時が来ていて、それは既に近くにあるということを。なるべく早く動いてくれることを願います。

新天地

最近絶望の底にいて、憎しみと睨めっこして、苦しかった。地獄巡りを死ぬまで続けていくような気持ちになっていた。

友達と会って気分転換して、夢は捨てられない、でも現実と矛盾する、現実世界に生きるしかないのかと諦めかけていたら、現実と夢に区別はないという発想を知って、世界の見え方がまたガラリと変わって来た。夢とは、言葉で表現できないもの。何があっても変わらないもの。美。光。魂。現実とは、何があるとかないとか、条件によってコロコロ変わっていく。変わるものに対して変わらないと思い込んでいるから、執着、恐怖、葛藤する。苦しみの根源。自分がおかしいのかなぁと思っていたけど、ちゃんと合ってるみたい。夢と現実に区別はなく、一つなのだと気付く。だったら、ずっと心地よい歌を聴いていたい。夢のように、さっき起こったことは、今と何の繋がりも持たず、物事は突然起こる。でも、全体として繋がっている、物語のように。

現実の苦しみを歌うと、魂が響く気がする。現実と夢は同じ世界の表と裏なのだけど、どちらかに偏ってしまうと、一瞬の幸せに惑わされたり、苦しみに飲み込まれたりする。現実と思っているこの世界が、夢の中だと気付く感覚。死んだら、長い夢を見ていたのだと。

ごめんね。

あの時の私。許せなかった、絶対に、何が何でも、全てを、恨んでいた。今なぜか同じ状況、感情になっている。今許せなくて、いつ許せるんだろう。最近泣いてばかりいる。うつ病になったのではないかと不安になる。心はめちゃくちゃだ。いつも笑顔で穏やかな自分が、裏腹はすごい憎しみと孤独を抱えていて、その矛盾に息ができなくなくなっている。誰かと対峙した瞬間、相手の見た目、性格、能力、さらには相手が自分を攻撃して来ないかに細心の注意を払い、存在を感じることが全くできない。寧ろ避けている。意味が分からない。自分の存在を避けているということに他ならない。やっぱり、役に立たないことは怖い。それを言われたらショックで立ち直れない。私は役に立つために生きているのに。役に立たなければ死ぬべきと本気で思っている。許すために変わらなければならないのなら、それは愛ではない。どんなに手際が悪くて人をイラつかせたとしても、タイミングが悪くても、喋りが下手くそで、魅力がなくて、人を癒すどころか気を遣わせても、そんな自分が嫌でたまらなくて、周囲の人を避けてしまっても、どんどんコミュニケーションしづらくなって、孤立して、自由に言葉も発せなくなって、虐げられて、居場所がなくて、欲求不満ばかり溜まって、吐き出す場所がなくて、頼れる人が誰もいなくなって、苦しくてたまらなくても。変わらなくてはいけないのは、あなたではない。何もできなかったとしてもあなたの魂はずっと変わらずそこにある。歌うと分かる時がある。魂がメロディーと共にこんなにも美しいものなのだと語りかけてくる。生まれてくれてありがとうと言われたような、感動で胸がいっぱいになる。どうして許せなくなるんだろう。何の役に立たなくても、美しい魂が一人一人の中に息づいている。

どうして感謝を忘れてしまうんだろう。当たり前だと思うんだろう。当たり前のことを馬鹿にするんだろう。できるできないで人を裁くんだろう。ギスギス、イライラし始めるのだろう。元気ならそれでいいと思うことができないんだろう。人の欠点を探そうとするんだろう。拒否されることを恐れるのだろう。

 

今日

洗濯をしたらスッキリした。

ゴミを出し忘れた。

料理をした。

生活。

月が回った。色んなものが流れていく。

始まるわけでも、終わるわけでも。

自分にとっての正しさが何か。

分かってるけど分かりたくない。

 正しさは変わる。

その正しさが叶わなかったり、間違いだと言う人もいる。

繰り返し。無常。

憎しみの蓄積、それは正しさの固定。

自分にとっての正しさがあるから、変える。

憎しみの根源は、愛の無知。

何を憎んでいる。何に救われている。

最後には死んでしまうのに。

役に立たないのに生きていること。

違うよね。誰もそんなこと言ってないよね。

被害妄想なんだよ。

もう疲れた。

みんな幸せになんかなれない。

いいから。みんなのことは。

あなたの幸せのために、生きてください。

私の幸せ?

あなたの本当の姿が見えていますか?

なぜ憎しみが生まれるか。

外見、能力、性格しか見えていないのではないですか。

あなたという存在が見えていますか?

変わらなくても今のままで完全なもの。

何もできなくなったとしても。

価値が変わらないもの。 

魂。

持つべきものは

やっぱり友達だなぁ。

地元に帰りたい。好きな人のために、好きなことしたい。

 正しさ、間違いは人によって違う。無いわけではなくて。

長い間こびりついた茶渋は取れない。

繋がらない。でももうそこにある。

 

生きる

PMS。不安感。恐怖感。悪化要因は、自分と向き合う時間を根詰め過ぎたこと。

表現に真実が宿る時。秩序と混沌が共存する時。子守唄は混沌か?泣き止まなければ魔物に食べられてしまうなど、赤ん坊を怖がらせるような内容が多いそう。シンプルな規律に衆生の苦しみが合わさる。シンプルな規律とは無心への導入である。

再編成

ああ、一緒だ。話にくさ。何で?苦しい。煩悩の塊。鬼の象形文字は死体を表す。塊は死体が土に埋まっている。墓。煩悩は生きていることそのものではなかったか。

欲を明らかに見ること。会話する時、相手が笑顔でないと、盛り上げないと、話題を切らさないようにしないと、きちんと切り返さないと。でも眠い、疲れて頭が働かない、帰って休みたい。苦しい。なぜ。どちらも諦められないから、ではない。別の欲が隠れている。認めてほしい、愛してほしい。会話することがなぜか奪われているように感じてしまう。もしかしたら相手からも奪っているのかもしれない。与える会話って何?爽やかで肩の荷が降りる会話。本当の自分も偽りの自分も存在しない。あるのはこうありたい自分だけ。どうありたいのか。相手が癒される、言いたいことが自然と出て来て、解決したり、気付きを得たりする。そういう相手の鏡になりたい。上手く喋りたい。端的に上品に取り乱さずに丁寧に話したい。大勢の人に喜んでもらえるようなことを伝えたい。分かりやすく。伝えるとは、正しく読むことではない。上手く歌うことではない。その方向性にいると、大勢の人の目に留まる機会が増える。言語明瞭、意味不明。喋り上手は世渡りには必須のスキルなんだろうか。商品PRのよう。印象的なフレーズを巧みに使ってその気にさせる。上手くて伝わるのが一番いいね。何を伝えるのか。一番大事なこと?情報なのか。喋り上手とは情報を伝えるのが上手ということ。生きることと死ぬことにそれほど差異はあるだろうか。上手い必要も、伝える必要もない。そう思う自分がいるだけ。混沌としているように見えるが秩序がある。上手下手、伝わる伝わらないの間にも差がないとしたら。上手くなりたい、伝えたいと、答えを追い求める一つ一つ、それは混沌である。流れはどこに向かっているのか。引っかかること。考えることが好きなのに、行動を迫られるプレッシャー。行動するのは恐怖に面した時だけでよくないかと思う。それが本来の人間の行動だろう。危険を回避するために考え、行動を控える。今の世の中はどんどん行動しろと言う。行動しなければ生きている意味がない。幸せになれない。行動しないのは勇気がないからだ。臆病。怠惰。他人の中にこういう部分を見た時嫌悪してしまう。なぜなら自分の中の嫌っている部分だからだ。そこをもし指摘されたら腹が立つだろう、図星だから。ただ私は考えている時が一番幸せだ。行動は考えを広げるために無理にあるいは気が向いたらやることであって、できることなら控えたい。酷く矛盾している。行動したくないが、行動しない自分を嫌悪している。確かに、解決すべき問題やこうなりたいという理想があっても行動せずにいると自分を情けなく感じる。弱く感じる。責めてしまう。そこを変えたい。無理やり行動するのではない。毎回清水の舞台から飛び降りるような勇気を振り絞ることはしない。いわゆる停滞した感じをどうにかしようとせず、機会を待つ。目に見える行動をしないことは、弱くもないし、責める必要もない。待つことも行動。他人の中にそれを見た時、今は待つ時なのだと捉える。逸る気持ちに耐え、どっしりと構える。もしかしたらそこから何か生まれるのかもしれない。この流れは、待つことを学んでいるのかもしれない。こうありたいという欲求。それに振り回される煩悩。待つという行動によって完成に近付いていくも、完成しないという形が完成する。

傷付く事を回避する受け身的な言動。これもよくやる。弱くて嫌いな部分。上手くやらなければ伝わらないという思いが強く、肝心な本質を掴んで伝えるということをしていない。伝わらないことは恐怖でもある。痛いほど分かる。特に言う必要はないが、言わないことに後ろめたさを感じることがある。過程を聞いていないことに腹が立つのはなぜだろう。何でも話す方がいいと考えるか、必要なことだけ話す方がいいと考えるか。傾向としては、男性は後者、女性は前者?ここに重点は置かない方がいいようだ。ただし、間違ったことを話すリスクは常にある。これも恐怖である。

表現と、それに先立つ感受性。正しさは変化する。それだけだ。