苦しみの先

光。まだ抜けない。いつ抜ける?

一度分別したものを無いものになどできるのだろうか。

まずは意味付けを変えることから。

紙コップに糸電話と意味付けてみる。

漢方に見えないものの具現化と意味付けてみる。

会話に沈黙を楽しむことと意味付けてみる。

人生に世の中に新しい価値観を作ることと意味付けてみる。

他人と自分の関係性に新大陸上陸と意味付けてみる。

恋に温泉と美味しい食事と意味付けてみる。

愛に感性と意味付けてみる。

これは楽しい。

認識が変わることと無というのは同じことなのかもしれない。

 

明日になったらまた苦しむのかも。会社辞めたい(笑)

 

ビックリ

今日は鬱。存在がぐりぐりエグられて死にたかった。決断ができず間も悪いし、叫ぶように自分を責める声が聞こえてくる。何かを話すけれど、全て存在してごめんなさいという響きを含んでいる。見るもの全てに死が潜んでいる。あらゆるネガティブな表現型は、同時にポジティブな面を想定しているはずだ。みんなを光で照らしたい。恐らく元々備えてる魂のキャパシティなんだと思う。自分を柳みたいだとはよく思う。自ら苦しみに追いやっているからだ。自らというかそういう流れが決まっているというか。みんなが西洋的なルート、完全に向かって行くのなら、私は東洋的なルート、無へ進む。苦しみを知らなければ、照らすことはできない。何でも上手にこなせれば苦しみが少なくて済む。ビックリするほど不器用であればそれなりの苦しみが伴う。誰でも楽しくて楽な方がいいに決まっている。時代も当然のようにどんどんその方向へと進んでいる。ただminorityである無へと向かうには苦しみが多いほど光も強くなるのだと信じている。私はその道を進もうとしている。つまりジタバタ足掻いても無駄。それを受け入れていないから表情が歪んでいくのだ。普通を選ばない理由。存在を傷付けたい訳ではない。存在を傷付けるという生命最大の苦しみを背負う試練である。まだまだ苦しみは続くだろう。でも苦しみを選んでいる自分を疑わずに済む。間違ってはいないのだと。世界を光で照らすためなのだと。必ずその日が来ると信じている。必ず。

タイトル

いつしか忘れ去っていた。子宮の声を聴く。フィルターがかかって仕方がない。何が何だか分からない。あの時確かに呼ばれたの。でも今は幻だったんじゃないかって。結局答えを探してる。何でもいいなんて思うと反動が出てしまう。とにかく笑顔なんて思ってるとどっと疲れる。ホントに疲れる。普通じゃない道。普通が一番だよね。分かってる。はずなのに。執着が強いんだろう。元を取ってやるって感じの。執念のような。怒り憎しみ。もうどうだっていい。疲れた。自分に振り回されている。日に日に生気が失われている。このパターン。自分に嘘ついてるかどうか確かめるために探って。言葉に囚われて、グルグル回っている。遊びじゃないんですけど。全く。こっちだよー、なんてね。こっちこっちー。やーい、また騙された。信じられないよもう、何も。人によって道が変わる。救いたいと自然に思う時と、離れたくなる時。それでいいじゃん、人間なんだから。心が渇いている。美味しいもの食べたい。

執着は外すより逸らす方が簡単なんだろう。

空白

鬱だった。でも一瞬で晴れたりする。何の前触れもなく。一体何がどうなっているのだ。もがいてもがいて、原因を探すけど見つからなくて、もう駄目かと思う。それらしい答えに出会っても、暫く経つと元の木阿弥。その繰り返し。絶望感。その中で何とか辿り着くものがあった。ありのままにする。上手く行かないこと、好きでないこと、向いていないこと、認められないこと。それ自体は意味を持たないのに、それではいけないという意味付け、固定観念、執着、自意識が人を苦しませる。何もしないことではない。何をしてもしなくても、何をされてもされなくても、それ以外に何があるということ。

思い込み

なりふり構っている場合ではない。

とにかく、グルグル回っている。言葉の世界で。二元性の世界で。死ぬまでここにいる。でもここじゃない。詩。芸術。生活。分かれる前。「あ」でも「愛」でも「夢」でも「それ」でも「喝」でも「南無阿弥陀仏」でもいい。お姫様になりたい。天使になりたい。成長なんかしなくていい。それなのに生きていくって逆だから矛盾してる。苦しいのは当たり前だ。アダルトチルドレンピーターパンシンドローム。自己愛性障害。自意識過剰。色々あるけど。もがいてもがいて、どこかに辿り着くんだろうか。このままフワフワ浮遊霊のように一生を終えるのか。命の灯火が遮られている。

プリンセス。このワード好き。進んでみよう。