いっぱい

書きたい事、表現したい事が山程あると思ってしまうけれど、実際キャンバスを目の前にするとほんの少ししか出て来ないのは何故だろう。新しい夢を抱いてから1年とちょっと。ちょっとタンマ。

初めて

献血中、初めて。お昼を食べ過ぎたせいでお腹が苦しい。次はもっと体調整えてから行こう。

最近

全然更新していなかった。山籠もりというか、勉強してたつもりなんだけれど、見えたと思ったらすぐに闇が訪れて一体何をやっているのかさえ危うくなるような道程。合っているのか間違っているのかも分からない。全て無駄だったらと思うと恐ろしくなる。この闇を照らしてくれる光はどこにあるのだろう。人生って生きる中で少しずつ解明されていくかのようで実は何も分からないまま。答えのないものは嫌い。でも答えがあるのも同じくらい嫌い。答えのないものに答えを出す事、これが人生の醍醐味だとは思うけれど。いくら答えを導き出したとして、その答えが何の役にも立たなかったらそれは答えなのか?逆に答えが出なくても役に立つ事ってある気がする。グレーだらけの人生が嫌になって、生活用品や服や小物などは全てごくシンプルな物を選んでいる。無意識のうちに。今は食事より睡眠より、いや睡眠には負けてしまうけれど、勉強しなきゃって思う。スムーズには行かないけれど。向いている事と好きな事。好きな事が向いていなかったら続けるべきではないのだろうけど、向いていないと決断するのはすごく勇気のいる事だ。何を目安に判断するのだろう。何にしろ、人は大切。でもちょっと怖い。人間が大好きな人はこの世にいっぱいいるし、私も好きだ。でも全員って訳じゃない。それは、好みの問題と割り切っていいのかな。それとも、単に飢えた愛情を補給する為の相手としか見ていないという事になるのだろうか。好きだったら、自分が嫌われる事を考えたりしないよね?常に思う。嫌われたら生きていけないって。弱い自分。認めたくない自分。一人の方がマシだと思う事もある。人に感謝させてもらう事もいっぱいある。これもグレーか。対照的な二つの職場を行き来している。一方は上司の存在が気持ち悪いという話題で盛り上がる職場、一方は仕事はキビキビ、アイデアも豊富で、笑いもあり、気品のある職場。気温差で体調を崩すみたいに、「品」の高低差で人間不信になりそうになる。もちろん前者の職場だけでなくて心から良かったと思うのだけれど。どう優れているのかをはっきり知る事ができる環境はありがたいと思う。感謝で一杯だ。ストレスがあるとすれば実力不足。ただ一点。。。それに上品ぶろうとしてしまったけれど、前の職場での自分の立場は罵られるような仕事のできない自分だったのだから、人生はよく出来ていると思う。向いていない事はするものではない。その上嫌いな事だったら最悪だ。学ぶ事があるとすればそういう状況に遭いそうになった時にいち早く察知して逃げる事、逃げてもいいという事。あとはトラウマしか残っていない。強いて言えば病んでいる人の気持ちは割と分かるつもり。病んでいる人の気持ちに寄り添った所で、その人は救われるだろうか。甘えている自覚がない人だったら逆効果だろう。頑張りすぎている人だったら同情されたくないだろう。それでも話を聞く事が何かの助けになるだろうか。多分向いている事。イベントや店頭のポップやポスターを作る事。病んでいる人の話を聞く事(病識がある人)。向いていない事。リーダー。段取り、スピード重視の仕事。

何か

少しだけ浮いているような感じ。勉強している最近。ちょっと楽しくなってきたところ。収穫のない日もあるけれど。とにかく今に集中しよう。

非常に

反応が悪い。思い付いた事があるので書こうと思ったらすごく大した事のないように思えてきた。会話が不自然になる件について。面白い事を話さなければならない。→面白い事を話さなくていい。つまらない話をしてもよい。面白い事を話したくない。つまらない事を話したい。→面白くしようと思った話はつまらない。つまらないと思う事を話せばいいのでは。実験開始。

久しぶりの連休。特に予定は入れていない。若干の焦燥感と共にある。まあいいか。

 

お洒落なお店を見つけて地元の友人やSNSに情報発信できるチャンスを捨てているなんて時間の無駄だ。ダサい。無能だ。せっかくのシングルライフを楽しまないなんて勿体無い。→お洒落なお店を見つけなくてよい。情報発信しなくてよい。時間が無駄になってもよい。ダサくて無能でもよい。楽しまなくてもよい。お洒落なお店を見つけたくない。情報発信したくない。時間に縛られたくない。ダサくて無能がいい。そんなに楽しみたくない。→お洒落なお店ではなく目に留まった気になるお店に行きたい。お洒落や有能や丁寧な暮らしを意識した情報発信は不自由。私が大切にしたい事。死ぬまでそこにいたいと思える居心地のいい空間作り。

 

↑最近始めた深層心理を解く方法。自己流。

 

昨日は朝からヒルサイドテラスまでrun。小雨が降っていたが、帰りには止む。風が心地よい。午後再び代官山の蔦屋に行く。キャラメルマキアートを買う。2F席で外の風景を眺めながら勉強。平日でも人が多いので集中したい場合には微妙かな。ただ聞こえてくる会話が面白い。女子大学院生2人が温暖化、貧困問題、デベロップメントカントリーの話やキリスト教について、彼との国際結婚の話、NY留学、パパが若い女性と遊んでばかりいるとか、デザイナー関係の仕事してみたいとか。この界隈では一般的な会話なのかもしれないが、何か凄いな。帰りは一度寄ってみたかった洋食屋、「キッチン南海」でロースカツライスを頼む。もうすぐ70歳の誕生日で、明日10年ぶりに血液検査をしに行くそう。お酒大好きで病院嫌いな店主さん。テレビで流れていた「ためしてガッテン」の部屋干し臭の原因に聞き耳を立てる。東大の学長さんとお知り合いだそうだ。ご馳走様です。スーパーで豆乳とお酒を買って帰り、プハーッとやるとすぐに眠りの途へ。よく頑張りました。

 

蚊に刺された。

 

今日は朝から敷き布団を洗って、お風呂に入る。頭痛について考えていたら頭痛がして来たので思わず家を飛び出す。初めての「かどやパン」でカレーパンとメロンパンとパンの耳を買って食べる。偏ってるな。駒場東大のキャンパスのベンチに座ってゆったり。またもや風が心地よい。今から池ノ上の「QWIET NOISE」に行ってきます。線路のすぐ側、くもんに通う小学生の通り道、静かでいい風が入ってくる。こういう空間に住みたい。

両方

ありのままでいようとする自分、よく思われたくて繕う自分、両方でありのまま。しっかり者を演じる自分、突拍子もないボケをかます自分、両方でありのまま。結果を出さなければならないと追い込む自分、評価を気にせず楽しく自由でいたい自分、両方でありのまま。どっちにも偏らない。両方で一つだから。ねばべきさんの正体を知る秘訣は、その裏側にいるもう一人の影だ。こうあらねば、こうあるべき→こうでなくてよい、こうありたくない。スピードを上げなければならない→ゆっくりでよい、ゆっくりやりたい。売らなければならない→売らなくてよい、売りたくない。優秀でなくてはならない→無能でよい。無能でいたい。結果を出さなければならない→結果を出さなくていい。結果を出したくない。ここの気持ちを汲み取ってあげる必要がある。